かつては見えない病気だったのに、医学の発達によって見える病気になったものが数多くあります。高血圧、慢性肝炎、高脂血症など、現在では問題とされる数多くの病態が疾病として認識されていませんでした。その中で、終末像だけが病気と認識され、治療の対象とされていたものがあります。肝硬変による腹水貯留や、慢性腎不全における尿毒症などです。
昔の名医達は、その病気が、まだ「見えない」うちからそれらの病気を診断し、さまざまな工夫を凝らして終末像に至るまでに治してしまったのでしょうか。あるいは終末像に至るまでの時間をできるだけ伸ばすようにしたのでしょうか。あるいは、やはり終末像の一部が見えたときから治療を開始したのでしょうか。
現在、私たちは、現代医学の進歩により、ほとんどの疾患の経過や予後を類推することができます。しかし、たとえそれができても、進行をくい止められなかったり、治療に何の手段も持たないということも少なくありません。
慢性腎臓病(CKD)はその種の典型的な疾患です。
CKDにはいくつかの種類があり、西洋医学的な治療法も進んで、今では早期に対処すれば、進行を食い止める可能性が高くなりました。しかし、最終的に腎機能が廃絶し、慢性腎不全という状況に追い込まれる場合も少なくはありません。
慢性腎不全
ここでは、慢性腎臓病が進行し、慢性腎不全となってしまった場合の漢方治療について述べることにします。
これまで、漢方医学は、慢性腎不全に対して、全く無力と思われてきました。しかし、ごく最近、2人の漢方専門医によって強力な治療手段であることが明らかにされました。その2人の論文を紹介します。
1.江部先生の養腎降濁湯
京都の江部医院院長・江部洋一郎先生は、彼の創案した経方理論の観点から慢性腎不全の病態を考察し、その理論を応用してこの難病を治療する処方・養腎降濁湯を考案され、共同研究者の橋本先生らと共に、この処方を用いて慢性腎不全を改善せしめた患者さんの例を2004年から発表してこられました文献1)文献2)文献3)。
最初の報告には3例を、次の報告には7例を、更に次の報告には13例を紹介しておられます。これらの症例の原疾患は、慢性腎炎、痛風腎、糖尿病性腎症、多発性腎嚢胞など多岐にわたっており、腎性、腎後性を問いません。また、重症例が含まれているにもかかわらず、治療成績はかなり良いのです。
これらの報告の中には、治療開始後より3年を経過してもクレアチニンの値が上昇せず、むしろやや低下したもの、血液透析の準備段階にありながら1年以上にわたって進行していないもの、すでに血液透析中であるにもかかわらず、尿量増加とクレアチニン値の改善が見られ、透析回数を減らすことが出来たもの、などなどが含まれています。
この処方の理解には、経方理論の習得が必要であるのですが、この理論の全てを知らなくとも、下記の処方を用いれば一定の効果は得られます。
養腎降濁湯
黄耆30g 赤芍薬15?30g 土茯苓30g 萆薢10g 丹参12g 半夏12?15g
栝楼仁10g 甘草6?15g* 茯苓12?30g**
*甘草は腎保護作用に加え、容量依存的に血清カリウム値を降下させるので、検査値を基に使用量を決定する。
**茯苓は原則として生甘草の倍量を使用する。
江部先生のご発表の中の1例の患者さんを紹介しておきましょう。
ケースレポート1
患者さんは71歳の男性。1988年に慢性腎炎と診断され、ずっと治療を受けていましたが、人工透析が必要と言われ、漢方薬で透析治療の開始を遅らせたいとの希望で来院されました。このとき、クレメジン、カリメート、ダイアート、ブロプレスなどの薬を服用中でした。
このときの検査値は、尿素窒素86.7?/dl、Cクレアチニン6.l?/dl、尿酸 6.2?/dl、血清カリウム 5.0mEq/l、ヘモグロビン8.0g/dlとかなり悪く、もはや人工透析は避けられない状態でした。
この患者さんに対して、江部先生は、養腎降濁湯を工夫して次のような処方を作成し、投与しました。
黄耆20g、晋黄耆10g、芍薬15g、蒼朮12g、白朮12g、茯苓15g、乾生姜6g、人参6g、生甘草8g、土茯苓30g、萆薢10g、炮附子10g、大黄3g
14日後、検査値は尿素窒素 63.0?/dl、クレアチニン3.2?/dl 、血清カリウム4.0mEq/lに改善。頻脈となっていたので炮附子を5gに減量し、更に経過を見たところ、3ヶ月後には尿素窒素59?/dl、クレアチニン2.7?/dl、血清カリウム3.0mEq/lとなっていました。
そこでカリメートとクレメジンを中止し、この処方の中の生甘草を5gに減量し、仙霊牌10g、補骨脂10g、杜仲10gを加えました。更に2ヶ月後、尿素窒素55.4?/dl、クレアチニン2.6?/dl、血清カリウム4.0 mEq/lとなったので甘草を抜き、処方を、黄耆20g、晋黄耆10g、芍薬15g、蒼朮10g、白朮10g、茯苓15g、土茯苓30g、萆薢10g、乾生姜6g、仙霊牌10g、大黄3gとし、その後、とても良い経過をたどっています文献1)。
症例1 検査値
Na | K | Cl | P | Ca | BUN | Cre | UA | Hb | TP | |
(mEq/l) | (mEq/l) | (mEq/l) | (mg/dl) | (mg/dl) | (mg/dl) | (mg/dl) | (mg/dl) | (g/dl) | (g/dl) | |
2004年1月28日 | 5.0 | 94.0 | 4.6 | 6.7 | 7.7 | (他院) | ||||
?2月20日 | 144 | 5.0 | 102 | 3.8 | 8.9 | 86.7 | 6.1 | 6.2 | 8.0 | 7.4 |
3月19日 | 144 | 4.0 | 100 | 2.9 | 8.8 | 63.0 | 3.2 | 6.3 | 7.6 | 7.0 |
4月9日 | 142 | 3.2 | 100 | 2.6 | 8.8 | 76.0 | 3.0 | 8.0 | 7.5 | |
?5月11日 | 149 | 3.0 | 101 | 2.4 | 8.8 | 59.0 | 2.7 | 7.9 | 7.5 | 6.9 |
?7月27日 | 144 | 4.0 | 101 | 2.8 | 8.9 | 55.4 | 2.6 | 8.8 | 7.6 | 7.2 |
?土茯苓30g、萆薢10g、生甘草8g、大黄3g、黄蓍30g、芍薬15g
?カメリート®・クレメジン®中止
?土茯苓30g、萆薢10g、大黄3g、黄蓍30g、芍薬15g(生甘草は使用していない)
もう一例、江部先生の症例をご紹介します。
ケースレポート2
この患者さんは51歳の男性。以前から高尿酸血証があり、ある病院に通院中で、通風腎の診断を受けています。4年前に腎不全を指摘され、約10ヶ月前の血清クレアチニンは4.8 mg/dlであしたが、2004年10月27日に5.1 mg/dlに上昇したため、漢方治療を希望して来院されました。これまで他院では、食事療法(蛋白制限1日30?40g)及びエスポー注射、クレメジン、ノルバスク、ペルサンチン、ザイロリックが投与されていました。
この方に対して、下記のような養腎降濁湯加減方が投与されました
黄耆20g、晋耆、12g、赤芍薬15g、土茯苓30g、萆薢10g、白朮15g、茯苓15g、牡蠣15g、半夏15g、栝楼仁10g、丹參12g、乾生姜6g、大黄2g、炮附子3g
その後、必要に応じて処方中の薬物を加減し、1年半あまりの観察期間で、血清クレアチニンは4.8 mg/dlから3.2?3.5 mg/dlまで低下しました。この処方は原疾患が何であれ有効であるが、痛風腎による腎不全にも有効であることが確かめられました。また経過中、それまで使用していたクレメジンを中止したところ、血清クレアチニンは更に低下しました文献3)。
表1:この患者さんの検査値の推移
診療日数 | 検査日 | BUN | Cr | K | P | UA | TP | ALB | Hb | 1/Cr | CCr |
0 | 04.10.28 | 32.3 | 4.8 | 4.4 | 3.9 | 9.5 | 8 | 4.6 | 12.1 | 0.208 | 17 |
57 | 04.12.24 | 44.4 | 3.8 | 4.0 | 4.5 | 7.6 | 7.7 | 4.5 | 0 | 0.263 | 21.5 |
112 | 05.02.17 | 34.7 | 3.9 | 4.3 | 4.2 | 7.2 | 7.1 | 4.3 | 10.7 | 0.256 | 20.7 |
154 | 05.03.31 | 37.2 | 3.6 | 3.9 | 4.9 | 6.8 | 6.7 | 3.8 | 11 | 0.278 | 22.4 |
210 | 05.05.26 | 34.7 | 3.5 | 4.2 | 4.1 | 6.5 | 6.9 | 4.1 | 11.1 | 0.286 | 23 |
308 | 05.09.01 | 34.4 | 3.2 | 3.9 | 3.2 | 6.3 | 6.9 | 4 | 10.8 | 0.313 | 25.2 |
413 | 05.12.15 | 31.9 | 3.4 | 3.8 | 3.1 | 5.9 | 6.9 | 4 | 9.6 | 0.294 | 23.7 |
511 | 06.03.23 | 38.1 | 3.4 | 3.8 | 3 | 6.5 | 6.9 | 4 | 9.9 | 0.294 | 23.5 |
574 | 06.05.25 | 40.1 | 3.5 | 3.7 | 3.1 | 6.1 | 6.8 | 3.8 | 9.9 | 0.286 | 22.8 |
2.黄耆の有効性を確認した灰本先生の論文
一方、灰本先生は、黄耆がクレアチニンを低下させるという確信を得た2人の患者さんをみて、9人の軽症の慢性腎不全の患者さんに黄耆の入った煎じ薬を投与し、その結果を発表されています文献4)。
最初は、膜性腎症による慢性腎不全に対し、黄耆を含む処方を投与して、急激に尿量が増加してクレアチニンが降下していった患者さん、次は、慢性腎炎による尿毒症で、漢方薬を用いた治療を行っていたが全く改善せず、その処方に黄耆を加えたとたん急激にクレアチニンが降下(1ヶ月の間に8.8mg/dlから7.4mg/dl)した患者さんです。
この結果を得た灰本先生は、クレアチニンを下げるには黄耆のみでよいのではないかと考え、次の研究に取りかかりました。
初期慢性腎不全における黄耆の血清クレアチニン低下作用
灰本先生は、2002年2月から2005年2月にクリニックに来院した初期の慢性腎不全の患者さん10人に対し、黄耆を中心に3?4種の生薬を組み合わせて、煎じ薬として投与し、経過を観察しました(1例は発疹出現のため脱落)。それぞれの患者さんの原疾患はさまざまでした。
その結果、いずれの患者さんにおいても、クレアチニンは0.3?0.9mg/dl低下し、長期にわたってその効果が持続しました。黄耆の作用は比較的短期間(2ヶ月以内)に現れ、初期のクレアチニンが高かったものでは、2年以上の経過でもまだゆっくり低下していますが、初期の値が低いものでは、正常の上限にまで下降し、それ以上は改善しませんでした。血清カリウム値には変化は見られませんでした。
灰本先生が経過を追いかけた9人の患者さんのうち、興味深い症例がありました。その患者さんは62歳の男性で、初診時クレアチニンは1.3mg/dlでしたが、56歳頃から徐々に増加し始め、61歳で1.7mg/dlになった段階から黄耆といくつかの生薬からなる処方を投与したのに改善しないので、赤芍薬を加えた処方に変更したところ、1ヶ月ほどで1.21に低下しました。この経験から、彼は、黄耆+赤芍薬のコンビネーションは、更に良い効果をもたらすと考えたのです。
表1.漢方治療を行った9症例における血清CrとKの推移
No. | Sex | Age | 投薬前Cr/K | 2ヶ月後 | 6ヶ月後 | 9ヶ月後 | 12ヶ月後 | 24ヶ月後 |
1 | F | 65 | 1.9/5.7 | 2.0/5.6 | ― | 1.6/4.2 | 1.6/4.3 | |
2 | M | 76 | 2.8/4.9 | 2.2/4.7 | 2.1/ | ― | 2.1/4.6 | 1.9/5.0 |
3 | M | 61 | 1.9/6.7 | 1.7/5.6 | 1.7/5.2 | 1.5/6.8** | 1.3/4.8 | 1.5/5.6 |
4 | M | 61 | 1.7/4.7 | 1.9/4.5 | 1.8/4.8 | 1.5/5.2 | 1.4/ | |
5 | M | 56 | 1.6/4.7 | 1.1/ | 1.1/ | 1.2/4.5 | 1.2/4.5 | |
6 | F | 59 | 2.3/4.1 | 2.1/4.3 | 1.9/4.4 | 1.8/4.9 | 1.7/4.5 | |
7 | M | 72 | 1.7/4.8 | 1.3/4.8 | 1.3/4.1 | |||
8 | M | 39 | 1.6/4.8 | 1.4/4.3 | 1.4/4.4 | 1.3/4.4 | 1.2/4.9 | 1.9*/4.8 |
9 | M | 61 | 2.9/5.3 | 2.6/5.6 |
*漢方薬内服を自己中断
**厳格な低カリウム食開始
灰本先生が漢方治療を行った9症例についての血清クレアチニンと血清カリウムの推移を表1に示します。これらの患者の原疾患は、慢性腎炎、IgA腎症、糖尿病性腎症、原因不明(薬剤性の腎炎が疑われている)などさまざまでした。また、これらの症例に用いられた処方は、いずれも黄耆15?30gが含まれています。
以上、江部先生と灰本先生の慢性腎不全における治療法を紹介しました。冒頭に書いたように、この疾患は血液透析や腹膜透析以外に積極的な治療法がありません。しかし、漢方医学では黄耆や晋耆を中心とした処方である程度改善でき、またその効果は持続するということが、この2人の仕事により明らかになりました。
この2人の論文の発表以後、いくつかの追試が行われています。黄耆単独投与でも慢性腎不全に有効であることを示したOkuda(奥田)先生たちやNAGASAKA(長坂)先生たちの論文がありますし文献5)文献6)、処方としては、養腎降濁湯以外にもいくつかの報告があります。
3.西洋医学の治療との併用について
慢性腎不全の西洋医学的治療と漢方薬を併用しても良いのか、とお考えになる患者さんは沢山いらっしゃいます。結論から言うと、一部の例外を除き、大丈夫です。
漢方薬を飲んでいるから他は何をしても良いということは全くありません。現在の食事療法、薬物療法を正しく継続し、生活に注意をはらい、糖尿病や高血圧や高脂血症などのある患者さんはそのコントロールを良好に保つことが重要です。
これらのことは、一般の家庭医学書に細かく書いてありますので、よく読んで、お医者さんの指示に従うようにしてください注)。
ここで紹介した黄耆や漢方処方の構成薬は、適量を用いれば生体に害を与えるものではありません。漢方薬は食べ物の延長のようなものですから、そのつもりで服用してください。
いくつかの注意を書いておきます。
- カリウムについて
漢方薬の中にはカリウムが含まれていますが、服用すると血中のカリウムが高くなるということはありません。また、甘草は用量依存的に(一部の人は特異的に)血中のカリウムを下げます。腎不全の場合はカリウムが上がりがちになるので、むしろ甘草はよい方向に働きます。養腎降濁湯で甘草(生甘草)を6グラム以上使用するのは、そのためです。
2.クレメジンなどの球形吸着剤について
球形吸着剤は、尿毒症の原因になる物質を吸着してくれるのですが、せっかく服用した漢方薬の成分も吸着されてしまう可能性があるので、服用するなら時間を空けて服用する必要があります。
3.黄耆について
黄耆は、慢性腎不全の際に上昇するクレアチニンを低下させます。煎じ薬で用いても、粉末で用いても同じような効果が得られます。しかし尿毒症の原因物質を全て低下させるかどうかについては、まだ研究がありません。煎じ薬の場合は15?30グラムを、粉末の場合は1.5?3グラム用います。粉末の場合は、医療用漢方製剤とあわせて用いるのが一般的です。例えば、八味地黄丸+オウギ末、十全大補湯+オウギ末、七物降下湯+オウギ末のように用います。黄耆の副作用として発疹が出現した場合は、続服することは不可能です。同じ効果を持つ晋耆(しんぎ)に変更してください。晋耆による副作用は、今のところ報告されていません。ただし晋耆に保険適応はありません。
4.貧血について
慢性腎不全に用いる漢方薬は、貧血を改善する力はありません。貧血が進行するようであれば、エリスロポエチンの分泌を補う赤血球刺激因子製剤(ESA)が必要です。ここは、現代医学の力に頼らなくてはなりません。
5.尿量の増加する患者さんがいます
現在透析を受けておられる患者さんにおいても、本処方の使用でクレアチニン値は低下しますが、ほぼ無尿に近い患者さんでもその効果は認められます。また尿量の増加が得られることがあります。
最後に筆者が経験した患者さんについてご紹介しておきましょう。
ケースレポート3
患者さんは73歳の女性。4年前と半年前に脳梗塞を発症し、左上肢の軽い運動麻痺と構音障害が残りました。入院中に腎機能の低下を発見され、慢性腎不全の診断を受けています。この頃血清クレアチニン値は2.0mg/dl前後でしたが、その後ゆっくりと上昇を続け、半年後には3.53mg/dlとなり、また血清K値も6.0mg/dlまで上がったため、人工透析の準備に入る旨を通告されました。このまま悪化して人工透析に移行するのを嫌い、漢方治療を希望して来院されました。来院時の尿素窒素は34.2mg/dl、Cr3.48mg/dl、血清K値5.8mEq/lでした。
そこで、高血圧と高コレステロール血証、および脳梗塞の再梗塞予防のために用いられている薬剤はそのまま継続とし、腎不全の改善を目的として漢方薬を用いました。軽症でしたのでエキス製剤である釣藤散7.5gに黄耆末3.0gをプラスする形で投与しました。
1週間後に来院され、一般状態は良好で、検査データも尿素窒素35.3mg/dl、クレアチニン2.95mg/dl、血清Kカリウム 4.9mEq/lと軽快していましたので、同処方を継続し続け、1ヶ月後には表情も明るくなり、4ヶ月後には言葉がはっきりと聞き取れるようになってきて、ほがらかになり、笑顔が見られるようになりました。
10ヶ月後には、尿素窒素は29.0?32.0mg/dl、クレアチニンは2.39?2.48mg/dl、血清K値も安定していました。食事は当初カリウム制限などの制限を設けていましたが、生活への意欲がなくなりQOLが低下するため、本人の希望通りのものを食べてもらうようにしました。それでも検査所見の悪化は見られませんでした。
その後、クレアチニンはやや上昇し、貧血が進行したため、エリスロポエチンの投与を行っていましたが、治療開始後から2年9ヶ月後、突然脳出血を発症し、緊急入院となりました。1ヶ月後に退院されましたが、要素窒素は83.7mg/dl、クレアチニンは5.34mg/dlと悪化していました。
この場合、もはやエキス剤では対応できませんので、煎じ薬(養腎降濁湯加減)の投与に踏み切りました。処方内容は以下の如くでした。
黄耆10g 芍薬5g 山帰来10g 半夏6g 竹茹3g 栝楼仁4g 貝母4g 益母草10g 白朮8g 猪苓4g 茯苓8g 車前子4g 甘草2g 萆薢4g 丹參5g
2ヶ月後には、尿素窒素mg/dl、クレアチニン3.73mg/dl、血清カリウム3.64mEq/lと改善しましたので、再びエキス剤(釣藤散)に黄耆末を加えて投与しました。
その後、心不全のために胸水が貯留してきたので、エキス剤を真武湯に変更し、胸水が去った後は、食欲改善のために四君子湯に黄耆末を合わせて投与しています。尿素窒素とクレアチニンの数値はほぼ横ばい状態です。
【引用文献】
文献1)橋本正也・江部洋一郎:慢性腎不全に対する漢方治療(1) 中医臨床 Vol.25 No.4 54-59 2004
文献2)橋本正也・江部洋一郎:慢性腎不全に対する漢方治療(2) 中医臨床 Vol.26 No.1 88-94 2005
文献3)江部洋一郎:慢性腎不全に対する養腎降濁湯の使用経験 Φυτο Vol.7 No.2 4-11 2005
文献4)灰本元:慢性腎不全における黄蓍の血清クレアチニン低下作用 Φυτο Vol7. No1 4-9 2005
文献5)Okuda M, Horikoshi S, Matsumoto M, Tanimoto M, Yasui H, Tomino Y.:Beneficial effect of Astragalus membranaceus on estimated glomerular filtration rate in patients with progressive chronic kidney disease. Hong Kong J Nephrol 14: 17-23, 2012.
文献6)Kazuhiko NAGASAKA, Hidehiko FUKUDA, Tetsuo WATANABE, Yutaka NAGATA:Report on Four Cases of Chronic Renal Failure Effectively Treated with Astragali Radix, Kampo Med Vol.63 No.2 98-102, 2012
注)一般の家庭医学書には、現在の標準的な腎臓病治療が懇切に解説されています。どれが良いかお迷いの方には、下記の一書をお勧めします。
富野康日己監修『最新版・本気で治したい人の腎臓病』(学研・2013出版)