はじめに
上気道の感染(風邪を引きやすい、何度も中耳炎や扁桃炎を起こす、など)を繰り返し、頻繁にクリニックを受診する一群の子供たちがいます。この子供たちはそのたびに小児科のお医者さんにかかり、薬をもらって治るのですが、すぐにまた同じような感染を引き起こします。このことは、子供たちに通常の生活を送ることを困難にさせるばかりでなく、親もそのために時間を費やさなければならず、心身ともに負担が増大しますし、何より社会的な損失が大きいのが問題です。
このような子供たちに、漢方薬を長期服用させることによって感染を起こしにくくさせ、罹患しても軽症で短期間のうちに治癒させる試みが行われています。この場合に用いられる処方は一つではなく、柴胡桂枝湯、小柴胡湯、柴胡清肝散など数種類が報告されています。以下に、それらの処方を使用して行った研究を紹介します。
柴胡桂枝湯による研究
秋葉先生らは、1年間に6回以上感冒症状を呈する患者18例(男児11例、女児7例)、年齢は11ヶ月?10歳、平均5.5歳に対し、柴胡桂枝湯エキス(0.1?0.25g/kg/日)を1日1回または2回、4?12カ月にわたって服用してもらい、その結果を検討しています。
反復する感冒様症状が投与期間中みられなくなったものを著効、頻度が減少したものを有効、変化のないものを不変、増悪した者を悪化として検討を加えたところ、著効4例(22%)、有効12例(67%)、不変2例(11%)、悪化0例という結果でした。保護者への問診表では、発熱頻度の減少、食思不振の改善などが見られています1)。
甲賀先生らは、年間7回以上気道感染を反復する小児26名に対し柴胡桂枝湯エキス(0.15g/kg/日)を1年間使用し、中止後2年間観察し、その有効性を判定しています。1年間使用により、気道感染が1/2以下になったものを有効、1/3以下になったものを著効として判定した結果、著効23.1%、有効57.7%、不変15.4%、無効3.8%という結果でした。
有効と判定した15例の中には、柴胡桂枝湯エキス中止後、再び上気道感染にかかりやすくなった患児が4人いましたが、使用前に比べると明らかに改善していました。
また、追跡可能であった16例で、感染症回復1ヵ月後の赤沈が20mm/1時間を超えることが多かった子供が11例見られましたが、服用後はこのような事はなくなったとのことです2)。
峯先生は、保育園に通園している1歳1か月?1歳10ヶ月の、感染症を繰り返す10例の子供に対し、柴胡桂枝湯2?2.5g/日を2?4ヶ月投与したところ、薬を服用する前と較べて、受診回数が、半数の症例で約1/2に、4例では1/3以下に減少したと報告しておられます。ここにあげられている患児の柴胡桂枝湯投与前の症状はさまざまでしたが、上気道炎・気管支炎は全例に見られました。他には、中耳炎、ウイルス性胃腸炎が多く(いずれも5人)、次いで尿路感染症(3人)が多かったとのことです3)。
これらの研究は、反復する上気道炎に対し、柴胡桂枝湯の長期投与が有効である事を示しています。投与期間についての定説はありませんが、3ヶ月?1年で効果が見られているので、この範囲内で、患児の情況を見ながら投与期間を決定すればよいと思われます。
小柴胡湯による研究
柴胡桂枝湯は小柴胡湯に桂枝湯を加えたものですが、桂枝湯を加えない小柴胡湯だけでも、ほぼ同様の作用が見られるのではないかという考えに基づき、小柴胡湯による研究が行われています。
岩間先生らは、年間5回以上、または最近2?6カ月間に頻回に上気道感染を起こした1?13歳の13例(男6例、女7例、平均年齢5歳7ヶ月)に対し、小柴胡湯エキス(0.1?0.14g/kg/日)を6ヶ月?2年間投与し、発熱回数や一般状態、血液検査データを検討しておられます。その結果、服薬2?3ヶ月後から改善し始め、10例で易感染性が軽減し、発熱頻度が1/2?1/3に低下したとのことです。食欲もでてきて、顏色が良くなり、活気が出るなど、症状の改善が見られました。無効の1例は、扁桃に白苔が付着し、インフルエンザ桿菌などを検出し、CRPは高値を示していたとのことでした4)。
柴胡清肝散による研究
柴胡清肝散は、『傷寒論』は、一貫堂という漢方医学の一流派の基本処方で、虚弱体質やアトピー性皮膚炎に多用されています。この処方もまた、反復する上気道炎に有効なのではないかという推測のもとに、臨床研究が行われています。
岩間先生らは、反復して扁桃炎を繰り返す小児12例(2?8歳、男児5例、女児7例)に柴胡清肝湯を用いた研究を発表しておられます。患児らの扁桃は中等度に肥大し(多くはMackenzie分類?度)、その約半数は扁桃のくぼみ(陰窩)に白苔を認めました。
これらの患児に対し、急性期をある程度過ぎてからこの柴胡清肝散(0.1g/kg/日)を投与し、約1年間継続しました。内服1ヵ月後では8例が発熱しましたが2ヶ月から落ち着き、10例において、投与前の2?5ヶ月間は毎月のように発熱していたのが年間3回に抑えられました。2例は治療に反応せず、そのうち1例は扁桃摘出術を受けることになりました5)。
この報告は、柴胡清肝散にも、上記2処方と同じような効果があることを示唆しています。この処方は、15種類の生薬を含む複雑な構成で、上記2処方とは異なった構造を持っています。異なった処方で同じような効果が出るのは、小児の易感染性に多様な側面があることを示唆しています。
一般的になった柴胡剤の使用
これまでのところ、上記のような柴胡を含む処方(柴胡剤といいます)を数ヶ月から2年余り投与すれば、小児の反復性上気道炎を押さえ込むことが出来るという結果が出ています。
更に、上気道の反復感染を予防することは、単にその児の健康を保つだけに留まらず、それが病巣となって発症する腎炎(IgA腎症など)やネフローゼ症候群に対し、きわめて有意義と考えられます。
これらの予防作用が西洋医学的にどのようなメカニズムによるものなのか、あるいはその有効性を確かめるためには何を指標として用いればよいのか、など解明しなくてはならない問題が多く残っています。しかし、今の段階でも、これらの漢方処方を使用することにより、子供の健康を守り、医療費を削減させ、社会的損失を減少させることが出来るのです。私たちは、これだけでも、漢方治療を行う価値があると考えています。
その後の新しい研究1 ?十全大補湯の新しい応用?
上の3つの処方の研究により、柴胡剤が小児の体質改善に有効であることは、現在では一般的に良く知られるようになりました。一方、最近になって、小児の反復性中耳炎に十全大補湯が有効であるという研究が出現しました。
丸山先生たちは、中耳炎を起こしやすい24人の小児に十全大補湯を服用してもらい、その経過を追いました。服用の前と、服用期間中の急性中耳炎の頻度、発熱期間、抗生物質投与、病院受診回数を調査したところ、95.2%の患児に改善が見られたとのことです。また、一旦軽快して十全大補湯の服用をやめた後、66.7%の患児で中耳炎の再発が見られましたが、服用再開によって再び減少すると報告しておられます6)。
この研究は、柴胡を含まない十全大補湯という処方によって、小児の反復性中耳炎が軽快するというものです。この研究によってお分かりのように、漢方薬にはなお未知の部分があり、まだまだ発展する可能性があると言えます。
その後の新しい研究2 ?自己炎症症候群?
1987 年、マーシャルらは「自己炎症性疾患」という概念を発表し、これまでよくわからない病気として処理されてきたいくつかの疾患がここに含まれることを報告しました。
「自己炎症性疾患」は、自然免疫の異常によって自己免疫や感染症の直接的な関与なしに全身性の炎症が起こる一連の疾患群なのですが、その中に、PFAPA症候群(syndrome of periodic fever, pharyngitis, and aphthous stomatitis)という疾患があります。その診断基準は、K.T.トーマスによって次のように定められています。
1)5歳以下に出現する規則的に反復する発熱
2)上気道炎症状がなく、咽頭炎・アフタ性口内炎・頸部リンパ節炎のうち少なくとも一つを伴い全身症状を呈する
3)周期性好中球減少症の除外
4)発熱間欠期は無症状
5)成長・発達は正常
ご覧になってお気づきのように、この診断基準に書かれている症候は、上に述べた「上気道炎を繰り返す子供たち」の症候ととてもよく似ています。つまり、これまで反復性扁桃炎と診断されてきた疾患の多くがこれに含まれる可能性があるのです。
PFAPA症候群に対する西洋医学的標準治療は、発熱時のステロイド単回投与と予防としての扁桃摘出術しかありません。前者は1回の発熱期間を劇的に短縮することはできますが、発熱回数の減少には結びつきません。また、後者の有効率は高いのですが、手術適応についての議論は残されたままです。
では、漢方治療はどうでしょうか。
山口先生は頻回に発熱を呈しPFAPA症候群と診断された7例に煎剤(基本的に小柴胡湯合黄耆建中湯)を連用し、投与早期から発熱回数・期間を激減させたと報告しておられます11)。
これは、感染とは関係なく生体内で自然免疫が勝手に発動して、勝手に炎症をきたす疾患に対して漢方薬が有効であるという事を示しています。
専門的な立場から見ますと、山口先生が用いられた処方は、柴胡・黄芩・連翹などの清熱薬に比べ、比較的大量の黄耆・大棗・甘草などの補薬が中心になっていることが特徴です。
また、定期的発熱とはいっても、その発症には、運動会などの行事に関連するとか、週末で疲労しているとか、何らかの「きっかけ」が多く見られます。
「精神的緊張から発熱する」「肉体的疲労から発熱する」などの考えは、西洋医学ではあまり重要視されていませんが、山口先生は、PFAPA症候群は漢方薬の幅広い抗炎症作用についていくつかの重要な示唆を与えてくれる一つのモデルであろうと述べておられます。
「上気道炎を繰り返す子供たち」にとって、漢方医学はなくてはならぬものと言うことができそうです。
上気道炎を繰り返す子供たちと「虚弱児」
少し観点を変えてこの病態を見てみましょう。
「虚弱児」という概念が存在するのを御存知でしょうか。
しかし、実はこれは実は医学用語ではないのです。一般的には、この言葉は「体の弱い子」の意味で用いられることが多く、専門的には、教育や行政の中で論じられてきました。そして、医学的には、遠城寺先生の、「虚弱児」を過敏性体質という観点から見た研究が唯一ともいえる状況です7)。
一方、漢方医学の立場から見ると、「虚弱児」と呼ばれる子供たちには、明らかに漢方医学的な観点からみた特徴が見られます。
漢方医学による「虚弱児」の治療は、日本の小児漢方医学を牽引してこられた広瀬滋之先生(1945-2010)のご努力によって大きく発展しました。
広瀬先生は、「虚弱児」を、?消化器型、?扁桃型、?呼吸器型、?神経型、?循環器型、?混合型の6つのタイプに分け、それぞれ対応する漢方処方を考案されました。「上気道炎を繰り返す子供たち」は、このタイプの一つである「扁桃型」に属します8)9)10)。
「扁桃型」は、幼児期に多くなるのが特徴です。中耳炎や副鼻腔炎はこの頃より増加してきますし、頸部のリンパ節が脹れることも多くなります。風邪を引きやすく、容易に扁桃炎や中耳炎や副鼻腔炎に移行します。
一旦発症してしまうと治りにくく、治っても再発しやすいのが特徴です。
広瀬先生は、この場合の代表処方として小柴胡湯を上げ、反復性の鼻出血、アトピー性皮膚炎、赤ら顔、時には黒ずんだ顏色を呈する場合は、柴胡清肝湯が有効であり、扁桃炎に加えて消化器症状の多い場合は、柴胡桂枝湯が良い、と述べておられます。
上にあげた研究が、いずれもこれを証明していることは、お読みになってお分かりいただけたと思います。
広瀬先生のお書きになった症例をご紹介しましょう9)。
患児は6歳の男児で、主訴は頻回の発熱ということでした。
毎月決まったように扁桃炎の高熱を繰り返しており、しかも、40℃の高熱が5?6日間は持続し、この間は病院で抗生物質の点滴をすることもしばしばで、ある耳鼻咽喉科医からは扁桃腺の摘出を勧められている状況でした。
体格は中等度で眼の下にクマドリがあり、発夏する頃にはクマドリが強くなってくるとのことですが、食欲はあり、普段は比較的元気がよい子供です。
この患児に小柴胡湯を投与したところ、服用後に1度発熱がみられたのみで、ほとんど点滴することはなくなりました。その後2年間は全く発熱しなかったということです。
おわりに
広瀬先生が指摘し、提唱された「虚弱児」の漢方治療の概念は、すでに小児漢方医学界の中では常識として一般化しています。
「虚弱児」という概念は、本来医学用語ではなく、大雑把に、気管支喘息、アレルギー、肥満といった疾患や状態を指していました。そのために特別な施設に入所したり、心身医学的なアプローチで改善をめざすという方法も取られてきました。
ただ、実際には、身体が丈夫になることによって、精神的にも元気になり、いわゆる「虚弱児」から脱することの出来る子供たちが沢山いることも事実なのです。そういう子供たちは、漢方医学を用いることによって良くなる、という研究がいくつも出ています。
漢方薬を服用することによってまず身体が元気になり、結果として精神的にも元気になり、さまざまな活動にも積極的に参加できるようになります。このような子供たちにとっては、「虚弱児」と言われていたのは一体何だったんだろう、というエピソードを記憶の中に持ちながら「毎日元気で過ごしている」、というのが理想的な形ではないでしょうか。
「上気道炎を繰り返す子供たち」に漢方薬を服用してもらうことは、その実現に一歩近づくことなのです。
引用文献
1)秋葉哲生、荒木康雄、中島 章・他:柴胡桂枝湯長期服用による易感冒児の改善効果について 日本東洋学雑誌41:149-155 1991
2)甲賀正聰:易感染(反復気道感染)と柴胡剤 日本小児東洋医学研究会誌 13(1)71-75 1997
3)峯真人:集団保育施設での感染症罹患児に対する柴胡桂枝湯の効果, 漢方診療13(11)28-31 1993
4)岩間正文、入山恵津子:反復性・有熱性気道感染に対する小柴胡湯の効果.漢方医学 25:115-117, 2001
5)岩間正文):反復性扁桃炎に柴胡清肝湯.日本小児科医会会報 No.10 98-99, 1995
6)YUMIKO MARUYAMA et.al :Effects of Japanese herbal medicine, Juzen-taiho-to, in otitis-prone children _ a preliminary study, Acta Oto-Laryngologica, 2009; 129: 14_18
7)遠城寺宗徳:小児体質と臨床、児科雑誌, 54:142. 1950
8)広瀬滋之:虚弱児 漢方と最新治療 3(3)253-257 1994
9)広瀬滋之:虚弱体質児、小児疾患漢方治療マニュアル, 現代出版プランニング, 185?188 2006
10)広瀬滋之:小児の漢方療法? 疾患各論 虚弱児, 小児科診療, 67巻3号, 1417-, 2004
11)山口英明:PFAPAに対する漢方煎剤の治療経験 日本東洋医学雑誌63:186、2012