はじめに

アレルギー性鼻炎は、全人口の約17%が罹患している国民病であるといわれ、現代医学的治療は、「アレルギー性鼻炎治療ガイドライン」に沿って行われています1)2)。ここには抗アレルギー剤などによる薬物療法(内服薬・点鼻薬・点眼薬など)、眼鏡やマスクなどによる防御(抗原回避)、減感作療法、手術療法などが詳しく書かれています。

これらの治療法は、標準治療と呼ばれているもので、一般のドクターが行う治療がもれなく挙げられています。このように、現代医学の粋を集めたものであれば、アレルギー性鼻炎・花粉症はすでに克服された病気なのでしょうか。

標準治療の多くはよく効きます。花粉症の期間中、ずっと服用することによって症状を抑えることが出来るものが多いのですが、それでも効かなかったり、副作用が強かったりと、全く問題が無いわけではありません。

多くの抗アレルギー剤には、副作用に眠気があり、生活上不都合が生じる場合があるのです。漢方薬は、西洋医学的治療の及ばないところを埋める力があると同時に、長期服用しても身体にダメージが少ないなどの利点が多くあります。

1970年代にこの疾患が注目され始めた頃、早くも葛根湯や小青竜湯が有効であることが知られていました。しかし、その後、病像が複雑になり、漢方薬でも数種類の処方では対応できなくなることが多くなりました。

 

最もよく用いられる小青竜湯・・・風寒型のアレルギー性鼻炎

この疾患が出現した頃から最もよく用いられているのが、小青竜湯です。症例報告も多く、研究も盛んに行われています。

最もエビデンスレベルの高い二重盲検ランダム化比較試験が馬場先生たちによって行われ、高い評価を得ています。これは、通年性鼻アレルギーに小青竜湯を用いて行った研究で、小青竜湯を使用した群はプラセボ(偽薬)群に比べて有意に優れており、全般改善度でみると、著明改善12.0%、中等度改善32.6%、軽度改善39.1%と好成績を示しており、有用度は46.2%という成績を残しています3)

古内先生らも、やはり通年性アレルギー性鼻炎に小青竜湯を用いた研究を行っておられます。有効率は有効以上で45.0%、やや有効以上を含めると77.5%に達し、全般改善度を重症度ごとにみると、有効以上の症例は重症で56%、中等症で38.9%を占めており、特に重症例において効果の高いことが報告されています4)

これらの研究によって分かったことは、通年性アレルギー性鼻炎の約45パーセントは小青竜湯がかなり有効であること、更に12パーセントは、小青竜湯が極めて有効であることです。

ですから、小青竜湯は、アレルギー性鼻炎や花粉症の第一選択剤であると言っても過言ではありません。典型的な例を挙げておきましょう。

患者さんは47歳の女性で、10年前から春になると花粉症の症状に悩まされていました。くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどの典型的な症状のほか、眼のかゆみも伴っていました。漢方薬を希望された理由は、これまでの薬は眠気が来て日常生活に支障が出るからというものでした。この方に小青竜湯エキスを服用していただくと、速やかに症状は軽快しました。持続時間は3~4時間とのことで、1日3回の服薬が必要でしたが、5月上旬になって症状が消失したので服用を中止しました。

翌年の1月22日になると、ふたたび花粉症が出現し、同じように小青竜湯を服用していただき、この年は2ヶ月服薬して終了となりました。この方は、その後も、毎年春先になると花粉症が発症するので、そのたびに来院し、小青竜湯を服用しておられます。症状がひどいときにアレロック(オロパタジン塩酸塩)を頓服的に使用することもありましたが、本年に至るまで、小青竜湯の短期服用で、不快な症状に悩まされることも無く、快適に毎日を過ごしておられます。
このように、小青竜湯の有効な患者さんは、決して少なくは無いのですが、その後の研究の結果、一口にアレルギー性鼻炎といっても、その病態は、漢方的にも千差万別であることがわかってきました。

 

アレルギー性鼻炎の病型と近年の変化

中国の中医学では、アレルギー性鼻炎を、風寒型、風熱型、虚弱型に分けて治療します。

風寒型とは、外から風寒の邪(寒い性質を帯びた邪気)が入って来るもの、風熱型とは風熱の邪(熱の性質を帯びた邪気)が入って来るもの、虚弱型とは外からの邪気を守るだけの正気(抵抗力)が足りないものを言います。

日本の処方で考えて見ますと、風寒型のものには、小青竜湯,葛根湯加川芎辛夷,川芎茶調散などを用い、風熱型には越婢加朮湯や辛夷清肺湯を用い、虚弱型には補中益気湯、麻黄附子細辛湯を用いることになっています。
ところが、近年になって、漢方的にみたアレルギー性鼻炎の病像がやや変わってきました。それは、現代人の生活環境の変化(飲食物を含む)が関係しているようです。

風寒型のように透明な鼻水が出ていても,冷たいものを飲みたいとか舌が紅いとか,体の中に熱の存在がある場合には、その熱も同時に冷まさなければなりません。

それは、ある程度季節と関係します。2月は外の環境が寒いので、小青竜湯が効いていても、3月、4月になって外がだんだん暖かくなると体の中の熱もそれに応じて強くなる人がいます。

花粉の種類によっても、症状が異なる可能性があります。2月,3月はスギ、4月になるとヒノキ、5月以降の初夏はカモガヤなどイネ科、秋はブタクサなどキク科の花粉が飛びます。同じ患者さんでも、スギとヒノキでは症状を異にすることがあります。

今中先生は、病情が風寒型であるにもかかわらず,鼻の粘膜が赤く腫脹したり,眼の粘膜が赤くなる患者さんを経験しました。先生は、この患者さんは内熱があるのに外から風寒の邪が入ってきて、寒熱挟雑の状態になっていると考えたのです。そこで小青竜湯に五虎湯を加えてみたところ、劇的な効果をおさめました。それで、その処方に五虎湯の「虎」と小青竜湯の「竜」をとって虎竜湯と命名しました。

今中先生は、虎竜湯を使用して有効であった次のような患者さんを紹介しておられます。

患者さんは58歳男性。25年来の春の花粉症で、鼻水、鼻閉、目のかゆみなど諸症状は著しい上に、職業がゴルフのコーチであるため、野外に出ることが多く、眠気の少ないアレグラの内服や抗ヒスタミン薬の点眼、ステロイド点鼻などでどうにかこうにかやり過ごしてはいるものの、2月から5月初めまで毎年往生しているとのことでした。2009年は大量飛散年でしたが、3月11日から開始した小青竜湯と五虎湯の併用で、アレグラも不要となり快適に過ごすことが出来ました5)

 

実際の用い方として、今中先生は、2月の頃の花粉症には小青竜湯を出し,3月になって内熱が出現してきたら五虎湯を足していくという形を取ることが多いと述べています。逆に、風寒型なのに小青竜湯では不十分という方には、麻黄附子細辛湯をプラスします。

実は、今、上にあげた処方にはある特徴があります。

小青竜湯にも、葛根湯加川芎辛夷にも、越婢加朮湯にも、五虎湯にも、麻黄細辛附子湯にも、麻黄という生薬が配合されています。麻黄の主成分はエフェドリンで、実はこの成分が麻黄の中に入っているのを発見したのは、日本人の長井長義でした。

その後の多くの人たちの研究で、エフェドリンがアドレナリンと似た交感神経興奮作用を持っていることがわかりました。

ですから、小青竜湯などの麻黄を含む漢方薬が、アレルギー性鼻炎に効くのは、一つには、このエフェドリンの働きがあるから、と言うこともできます。もちろんこれらの薬は単独の成分で成り立ってはおらず、多くの他の薬との共同作用で効果を発揮します。

ただ、短期的に見ると、服用後20分ほどから効き始め、3時間ぐらいまで良好で、そのあと、徐々に下降線を辿る場合が多いのは事実です。そのため、しばしば服用時間を工夫する必要があり、場合によっては夜にもう1包服用することもあります。長期的に見た場合、いつの間にか全体の症状が軽減していた、という場合もないわけではありません。

*注:ほとんどの抗アレルギー薬の中にエフェドリンは入っていませんが、近年、フェキソフェナジン塩酸塩(商品名:アレグラ)にエフェドリンを加えた製品が登場しました(商品名:ディレグラ)。この製品と漢方薬を併用する場合には、エフェドリンの濃度に注意しながら服用する必要があります。

 

ごく最近発見された新しいタイプ

小青竜湯などの麻黄剤を用いても、よく効くという人たちは約45%までで、それ以上はあまり効きません。特に、全く効果がないという人たちが30%程度いるという事実は、別の病態を想定しなければならないということなのです。

アレルギー性鼻炎の多くは春または秋に発症し、原因として「風寒邪」や「風熱邪」が体に進入すると考えられています。これらはあくまでも外から入ってくるものとして考えられていますので「外風」といいます。

一方、体の中で生じる風邪を「内風」といいます。

これまで誰も想定していなかったメカニズムを、2人の医師がほぼ同時に発見し、臨床に応用しました。

江部先生と灰本先生は、ほぼ同時期に外風の関与しないアレルギー性鼻炎の概念を打ち出しました。彼らは、外風ではなく、内風によって発症しているのではないかと考え、もともと陰虚(津液、つまり正常な水分の足りない人)が内に熱を生じ,それが上に上って内風となると、胸のあたりにあった不要な水が上昇して急に鼻水が出ると考えたのです。2人の処方は同じではありませんが、考え方は共通しています。

江部先生の処方(仮名:滋陰救鼻湯)6)

薄荷6 菊花6 乾地黄15 玄參15 芍薬15 代赭石15 竜骨・牡蠣各15 石膏30 貝母10 滑石15 生甘草6

灰本先生の処方(滋鼻陰香湯)7)

地黄7 知母15 赤芍薬15 浜防風10 麦門冬10 川?10 薄荷3 甘草5 石膏20

これらの処方はエキス剤(医療用漢方製剤)には存在しません。従って、煎じ薬を出してくれる医療機関を受診することによってしか入手できませんので、ご注意ください。これらの処方をエキス剤に置き換えることは困難ですが、滋陰降火湯+川芎茶調散が若干近いように思います。注意しなければならないのは、抗アレルギー剤を連続的に服用していたために、それが原因で陰虚の状態を来たしている場合があり、この場合は、抗アレルギー剤を出来るだけ少なくして上記の処方を用いるとよいようです。

なお、このタイプで、麦門冬湯を用いると劇的に治るものがあることが報告されています8)

 

予防について

季節性アレルギー性鼻炎(花粉症)を予防するにはどうしたら良いかという議論は、漢方医学の世界の中では良く論じられています。

通年性アレルギー性鼻炎の場合は、予防を含めて補気を行います。補中益気湯や六君子湯に麻黄附子細辛湯を合わせて用います。

季節性のものでも、発症させないために予防的に投与することが行われています。

春の花粉症は,秋,冬から治療します。処方は補中益気湯を中心に考えます。山本巌先生は、補中益気湯に当帰芍薬散を一緒に投与して予防薬としておられました9)

体質改善に使う処方としては,そのほかに柴胡桂枝湯や荊芥連翹湯があります。荊芥連翹湯を使用するときは蓄膿症があるとか扁桃炎を伴うというような熱症状がヒントになります。花粉症が1月頃から始まるという人には、当帰四逆加呉茱萸生姜湯をその前から服用させるようにすると、出現せずに終わるケースもあるようです。

 

西洋薬との併用について

漢方薬は抗アレルギー剤とは全く異なった種類の薬です。併用することは、ほとんどの場合、何の問題もありません。症状が強く、漢方薬だけでは十分な効果が得られない場合は、相性の良い薬をお使いになることをお勧めします。点眼薬、点鼻薬も同じです。

漢方薬と西洋薬との併用については、上に述べた虎竜湯を開発された今中先生が、峯先生、山崎先生らと行った研究があります10)

それによると、アレルギー性鼻炎に対して第一選択とされている小青竜湯例(20名)の有効率は45%であったそうです。一方、越婢加朮湯例(24名)の有効率は64%と良好な成績でした。

また、重症例に処方される麻黄湯+越婢加朮湯(大青竜湯類似方)(7名)は有効率72%でした。麻黄と石膏の消炎作用の増強目的に小青竜湯と五虎湯を併用した症例(16名)では有効率87%とさらに良好な結果でした。これらの患者さんのうち、経口ステロイド薬の使用を余儀なくされた患者さんはおられなかったとのことです。副作用は胃もたれを訴えた患者さんが1名おられただけでした。

今中先生たちは、上記の結果から、西洋薬と漢方薬を併用することにより、効果の向上をはかることができると述べておられます。

なお、漢方治療によって鼻症状が軽快しても、アレルギーの検査値にはほとんど変化はなく、Total-IgEもIgEラスト値もそれほど変わることはないようです。ただ、長期投与の結果に関しては、データがありません。

標準治療は、花粉症の期間中、ずっと服用することによって症状を抑えることが出来ることが多いのですが、それだけでは十分な満足度がえられない場合もあり、2014年のサノフィの調査では、花粉症患者の6割が治療に不満、とのデータを発表しています。漢方薬の使用は、その場合の有力な手段として存在します11)

他の標準治療と漢方薬の併用に関して、今のところ不都合が生じたという報告はありません。耳鼻科の先生で漢方薬を上手にお使いになる方も、最近は多くなりました。そのような医療機関で、良くご相談されることを、お薦めします。

 

参考文献

1)    鼻アレルギー診療ガイドライン作成委員会:鼻アレルギー診療ガイドライン―通年性鼻炎と花粉症―(2016年版)、ライフ・サイエンス、2015

2)    鼻アレルギー診療ガイドライン作成委員会:鼻アレルギー診療ガイドライン、2016年版ダイジェスト、2015

3)    馬場駿吉,高坂知節,稲村直樹ほか:小青竜湯の通年性鼻アレルギーに対する効果 -二重盲検比較試験- 耳鼻咽喉科臨床 88(3)389-405 1995

4)    古内・他:通年性アレルギー性鼻炎に対する小青竜湯の臨床効果の検討」アレルギーの臨床7:502~513,1987

5)    今中政支:印象に残る症例①ツムラ・メディカル・トゥデイ、ラジオNIKKEI 、2011 年1月5日放送

6)    江部洋一郎:陰虚の春の花粉症 中医臨床 Vol.29 No.1, 50-55 2008

7)    灰本元 陰虚のアレルギー性鼻炎に滋鼻陰香湯 Φυτο, Vol.8 No.2, 4-10 2006

8)    大塚敬節・矢数道明・清水藤太郎:漢方診療医典 247-248, 南山堂 1964

9)    坂東正造:病名漢方治療の実際 ―山本巌の漢方医学と構造主義―, 424、メディカルユーコン 2002

10)    今中政支・峯尚志・山崎武俊:スギ花粉症に対する漢方薬併用療法の臨床効果, 日本東洋医学雑誌, 60巻6号, 611-616 2009

11)    花粉症患者の6割 治療に不満 https://www.mixonline.jp/Article/tabid/55/artid/46512/Default.aspx

 

参考:

一般の家庭医学書には、現在の標準的なアレルギー性鼻炎の治療が懇切に解説されています。どれが良いかお迷いの方には、下記の書物をお勧めします。

1.    鼻アレルギー診療ガイドライン作成委員会 『アレルギー性鼻炎ガイド(2016年版)』

1この本は『鼻アレルギー診療ガイドライン』を編集した委員会が、お医者さんの目線で、一般の方のために、ガイドラインのエッセンスだけをやさしく書き直したものです。お医者さんが一般の人に分かりやすく書いたものなので、患者さんが耳鼻科を受診した時に、説明されなくても、この本の内容を知っていれば、ご自分の状況がよく理解できるでしょう。

 

2.    今井透著 『名医のわかりやすい花粉症・アレルギー性鼻炎』、同文書院、2005年

2この本には、アレルギー性鼻炎と花粉症に関するさまざまな知識と、それについての学問的な裏づけ、バラエティーにとんだ数々の治療法の紹介、それに、一般によく質問されることとその解答など、およそあらゆる情報が盛り込まれています。10年以上前にかかれたものなのに、内容が古くならないのは、普遍的な記述がなされているからだと思います。

 

3.    徳永貴広著 『花粉症・アレルギー性鼻炎 』(副題:つらい症状から逃れる近道と、自分にあった予防・治療法の見つけ方) 、1万年堂出版、2015年

3この本は、より患者さんに近い目線で、この病気に対する対処法を書いたものです。極めて分かりやすい内容とともに、誌面のデザインが素晴らしく、どのページを開けても役に立つことが書いてあるので、退屈することなく読み通せるでしょう。

 

ただ、上に記した3冊の本には、残念ながら漢方薬の情報が入っていません。今では、多くの耳鼻科のお医者さんが漢方薬を上手にお使いになっているのに、残念なことではあります。そのような方のために、次のホームページを紹介しておきましょう。

4.    今中政支先生・印象に残る症例①

http://medical.radionikkei.jp/tsumura/final/pdf/110105.pdf

これは、2011年1月5日に、ラジオNIKKEIで放送された「ツムラ・メディカル・トゥデイ」の内容を、ネット上に公開したものです。西洋医学的治療のみならず、漢方薬も使いこなす現役バリバリの耳鼻科医が、スギ花粉症の漢方治療について、8つの質問に答える形で、さまざまな場面に対する対処法を分かりやすく話しておられます。

 

8.アレルギー性鼻炎・花粉症