1. はじめに
片頭痛は古代より世界中にある病気で、周期的に起こり、一旦発症すると通常の生活ができなくなるぐらいのひどい状況になってしまうので、本当に困った病気です。しかし、この疾患の治療は、近年長足の進歩を見せ、最近ではトリプタン系薬剤の出現により、以前よりはるかにコントロール良好な疾患となりました。それでも完全な効果の期待できない場合が多いのです。
漢方医学においては、片頭痛はむしろ取り扱いやすい疾患として考えられています。片頭痛にはさまざまな誘因があり、いくつものタイプがありますが、漢方医学には沢山の処方が用意されています。ここでは代表処方である呉茱萸湯について、これまでの経験を紹介します。

2. 吉益南涯の報告
約200年前の江戸時代に、吉益南涯(1750-1813)という名医がいました。彼には『成績録』という症例報告を沢山載せた著書があります。その中に、次のような記載があります。
成人の男子で年齢は不詳。以前より頭痛の持ち主であった。ある日大きな頭痛発作を起こした。嘔吐もあり、話すことが出来ない。手で自分の首を打ち続け、その様子は操り人形のようで、とても奇異であった。周りの人はそれが頭痛であることが分からず、皆、この患者が狂ったのだと思った。吉益南涯はこれを見て、これは狂ったのではなく、頭痛のためにこうなっているのだとして、急いで呉茱萸湯二服を作って飲ませたところ、飲み終わって頭痛は治ってしまった文献1)。
この報告以来、呉茱萸湯を片頭痛に用いることは常識となり、現在でも数多くの症例が報告されています。医療用漢方製剤にも採用されていますし、一般に市販もされています。
何人かの臨床家により、どのような条件のときに呉茱萸湯が有効であるかが議論され、現在では、それらの研究が集大成されてこの処方が使用されています。
興味深い症例をいくつか紹介しましょう。

3. 現代の症例報告
ここにあげたのは、片頭痛に対し、呉茱萸湯を用いて軽快した例です。どのように効くのか、お分かりいただけるでしょう。もちろん、ここにあげたのは典型的なものばかりですので、このような形でうまく行くケースばかりではありません。しかし、どのような片頭痛でも何らかの効果のあることは多いので、西洋医学的な標準治療と併用すれば、より良い効果が得られるでしょう。

? 典型的な症例報告
ケースレポート1:
呉茱萸湯の適応となる頭痛は、専門用語で言うと、「陽気の不足による内寒が基礎にあり、それに外的刺激が加わって発作が発症する」というものです。つまり、平素より寒がりで手足が冷えるの人に多いのが特徴です。ここにあげた症例報告も後に述べる呉茱萸湯の適応症候のいくつかが揃っています。しかも、長期にわたって服用すると、片頭痛の発作がなくなり、以後は服薬せずに済む、という場合が多くあるのです。
新井先生は、29歳の女性で、高校生のころからストレスやひとごみが誘因となって発作性の頭痛を生じるようになった患者さんについて報告しておられます。その方の頭痛はきまって左肩筋肉のこりから始まり、左後頭部から左頭部全体に広がった後、目の奥が痛くなり吐き気を催し、発作は特に月経前に多く、約1日持続することが多いとのことでした.頭部CTでは異常は認められず、当初は有効であった鎮痛剤は次第に効かなくなり、漢方治療を開始しました。この方は、呉茱萸湯を服用し始めた後、月経前に軽い頭痛を2?3回感じたのみで、激しくつらい頭痛は完全に消失しました。その後、月経前に発作はなく、月経痛や便秘も改善したとのことです文献2)。
典型的な呉茱萸湯の症例報告です。この症例のように、当初有効であった鎮痛剤が次第に効かなくなってきたときは、専門医の治療が必要ですが、こういう場合、呉茱萸湯が有効なことが多くあるのです。この患者さんのように月経前に発症するという方も少なくありません。
ケースレポート2:
患者さんは65歳の女性。3年前より特に原因なく頭痛が起こるようになりました。頻度は1ヶ月に1?2回で、ジーンと痛み、拍動痛はなく、吐き気を伴い、時に嘔吐するとのことでした。頭痛は冬に限って起こり、真夏には起こらず、特に温かい日と寒い日が交互に来たときの寒い日に起こり、発作時は、まず両足の底が冷たく感じ、次いで右眼の奥と右前頭部?右後頭部が痛くなります。昨日、雨の中を出かけていったら頭痛が発症。吐き気があり、嘔吐しました。本日も頭痛があり、漢方治療を希望して来院されました。そこで、呉茱萸湯エキスを服用したもらったところ、頭痛は以後ほとんど起こらなくなり、服用開始してから、朝の体温が、前は35.6℃前後だったのが36.1℃前後になり、体も温かくなったということです文献3)。
ケースレポート3:
藤平先生は、約2年前から、ときどき発作性に激しい頭痛に襲われる49歳の婦人に呉茱萸湯を用いました。その頭痛の来襲と前後して、いつも胃の調子がわるくなり、あるいは張り、あるいは痛んだとのことです。嘔気はあっても吐くことはありませんでしたが、食思はやや不良で、項背および肩が凝り、心窩部は張って、もたれていることの方が多く、手足が冷えるとのことでした。(中略)。藤平先生は、呉茱萸湯の証と診断し、投与したところ、頭痛は軽快したので、3週間を服して休薬。以来1年を経ても頭痛は再発しなかったとの事です文献4)。

? 発作時に服用してすぐに効く人
呉茱萸湯は、通常は予防手4期に投与して頭痛を防ぐ効果がありますが、激しい片頭痛の発作期に、頓服的に服用することによって急速に頭痛が軽減することがあります。最初に述べた吉益南涯の患者さんが典型的な例です。全ての患者さんにこのように効くわけではありませんが、発作時に服用すれば、何らかの効果の得られることが多くあります。これらの患者さんのように感受性の良い人は、頓服として服用してもしばしば著効を奏しますし、長期的(数か月から1年余)に服薬を続けることによって、片頭痛を起こさなくなる確立も高くなります。つまり治るのです。

ケースレポート4:
患者さんは54歳の女性で、小学校の6年生のときからの片頭痛の発作の持ち主です。現在、頭痛発作は1ヶ月に1回程度で、緊張後にリラックスしたとき、便秘のときに起こりやすいとのことです。発作時は目の前がチラチラし、物の形の一角が見えなくなり、嘔気がして頭の一部がズキンズキンと痛んできます。同時に肩が凝り、手足も冷たくなり全身的にもすごく寒い感じがするのに、顔はのぼせます。胃の詰まる感じがあると言います。放置するとそのまま耐えられないぐらいの痛みになり、1?2日間持続します。市販のバファリンもお医者さんでもらったイミグランも効かないので、今は服用していないとのことでした。ある日の朝、上述のような頭痛の前兆が出現して当院に来院されましたので、発作の様子を聞き、診察室で呉茱萸湯2.5gを服用してもらったところ、30分後には肩のコリが楽になり、吐き気も消失したので、呉茱萸湯をこの日のうちに3服するように指示し、帰宅してもらいました。翌日の電話では、頭痛はかなり楽になり、ひどい発作には発展せず、その後、呉茱萸湯を継続服用したところ、頭痛は全く起こらなくなりました文献5)。
ケースレポート5:
矢数先生は、不妊治療中の38歳の女性の片頭痛の発作に対し、頓服として呉茱萸湯を投与したところ、「薬が良く効いた」「月経前に頭痛が出始めそうな時に薬を飲んだところ、頭痛が全く出ずにすんでとても助かった」。更にその4ヵ月後、「頭が痛み始めたので漢方を飲んだら30分?1時間くらいで楽になった」「そのあとは全く痛くないので、結局この1カ月で漢方のんだのは1袋だけです」と大変喜ばれたことを報告しておられます。この患者さんも冷え性で、手足ともにとても冷たかったということです文献6)。
ケースレポート6:
秋葉先生は、55歳の女性で、吐気を伴う猛烈な頭痛に対し、呉茱萸湯のエキス剤1包を服用させたところ、5分ぐらいで頭痛は何分の一かに軽減してしまった患者さんについて報告しておられます文献7)。

? 妊娠時の片頭痛
一般に、片頭痛を有する女性の多くは、妊娠により片頭痛の発作が極めて少なくなり、症状も軽減します。しかし、これは全ての人に当てはまるわけではなく、Ratinahiranaらの調査では6.8%に悪化例が見られると報告されており文献8)、更に、Maggioniらによれば、2回目以降の妊娠では、改善効果は1回目ほどではないということです文献9)。妊娠に伴い悪化する頭痛は必ずしも多くはありませんが希とも言えません。しかも、当人にとってみれば、事態はきわめて深刻です。選択肢は少ないのですが、その中で漢方薬は安全で高い有効性が期待できます。呉茱萸湯は、その第一選択剤で、ここにあげた例の他にもいくつか報告があります。
ケースレポート7:
久間先生は、妊娠前から常時頭痛があった27歳の女性で、妊娠13週で家事もできないほどの頭痛に襲われた患者さんに呉茱萸湯を服用させたところ、帰りの車中で眠り、夜もそのままぐっすりと眠って翌朝には頭痛が消失していたと報告しておられます文献10)。

4. 頭痛に対する呉茱萸湯の臨床研究
上記のような臨床経験は多数報告され、呉茱萸湯が片頭痛に有効であることは、日本では一種の常識になっています。しかし、どのようなタイプの人のどのような条件で発症した頭痛に、何パーセントぐらい効果があるかということは、十分明らかにはなっていないのです。しかし、何人かの研究者がこの点についての臨床研究を行っています。これらの研究の対象になった頭痛は、片頭痛だけではなく緊張型頭痛も含んでいるため、必ずしも片頭痛に対する有効性が百パーセント解明されているわけではありませんが、呉茱萸湯を使用する上で非常に参考になります。以下に代表的な研究を紹介しておきます。

1)前田先生たちの研究:慢性頭痛に対する呉茱萸湯の効果
前田先生たちは、慢性頭痛患者147例(男性46例,女性101例)に呉茱萸湯エキスを処方し、全般改善度、概括安全度、有用度を判定しました。症例の内訳は血管性頭痛47例、筋緊張性頭痛46例、混合性頭痛54例でした。治療の結果、全般改善度では、著明改善16例(10.9)、改善61例(41.5%)、やや改善54例(36.7%)、不変16例(10.9%)、有用度では、極めて有用18例(12.2%)、有用61例(41.5%)、やや有用53例(36.1%)、無用15例(10.2%)でしたた。頭痛の種類別の有用以上の症例は、血管性頭痛61.7%、筋緊張性頭痛47.8%、混合型48.1%で、血管性頭痛で改善例が多くみられました。効果発現は、51.7%の症例で服用2週間以内にみられたとのことです文献11)。
これは、呉茱萸湯を用いた症例集積研究です。エビデンスレベルは高くありませんが、この処方の有効性は明確に証明されています。どちらかというと血管性頭痛(片頭痛)によく効いていますが、その他の分類に入っているものでも、もともと片頭痛であったものも含まれているはずなので、この処方は、片頭痛により有効であると言えましょう。

2)小田口先生たちの研究:慢性頭痛患者に対する呉茱萸湯一律投与研究
小田口先生たちは、慢性一次性頭痛のため、原則として一月に1回は頭痛発作薬を使用する患者さん49名(男/女=6/43,年齢43±14歳)を対象とし、頭痛程度改善度、頭痛頻度改善度、冷え改善度、月経痛改善度、肩こり改善度をスコア化し、一定の基準でレスポンダー群(以下R群36名)とノンレスポンダー群(以下N群13名)に区別し、一律にツムラ呉茱萸湯エキス7.5g分3を1ヶ月投与し、分割表検定を施行しました。
その結果、自覚所見では乗物酔いのないこと(R群34名,N群8名:P=0.01)が、他覚所見では臍傍圧痛のあること(R群15名,N群1名:P=0.04)がR群で有意に高い要因であり、他に自覚的冷え、胸脇苦満各々の所見があること、顔面ほてり、S状結腸部圧痛各々の所見がないことがR群で高い傾向を示しました。そのほか、感度と特異度がいずれも0,5をこえたのは自覚的冷え、月経痛、心下痞鞕、中脘圧痛各々の所見があること、そして逆に発汗、月経不順、腹力虚、小腹不仁各々の所見がないことでした文献12)。
これは、呉茱萸湯の有効な患者群(レスポンダー群)と、無効である患者群(ノンレスポンダー群)においてどのような症候の違いが見られるかを調べたもので、呉茱萸湯証の全貌を明らかにするための第一歩として画期的な研究です。特に、自覚症状と腹診所見を明確に示したことは、特筆に価します。腹診所見は、今から約200年前に書かれた『腹証奇覧翼』(和久田淑虎)の記載にそっくりであったことが判明し、江戸時代の漢方医学のすばらしさが改めて実感されます。

3)林先生たちの研究:慢性頭痛に対する呉茱萸湯の臨床研究
林先生たちは、32例の慢性頭痛患者に対して呉茱萸湯を投与したところ、34.4%が有効であったと述べています。しかし、呉茱萸湯の有効性と優位に関連のあった因子(p<0.05の水準)は認められませんでした。また片頭痛、緊張型頭痛、混合型頭痛のどれかに特に有効ということもありませんでした文献13)。
この研究も、呉茱萸湯の証を解明すべく、100項目を超える自他覚症候を調査し、それらを多変量解析したものです。呉茱萸湯と関連のある症候は残念ながら見出せませんでしたが、無差別に投与しても34.4%が有効という結果を得ています。

5.片頭痛に呉茱萸湯を使用する時の目標
呉茱萸湯は、期限200年頃に書かれた『傷寒論』という書物に始めて登場します。実に今から1800年も前に創られた処方なのです。その条文には「からえずきし、唾液を吐き頭痛するものは呉茱萸湯がこれをつかさどる」と書かれています。現代の片頭痛に匹敵する疾患のようです。
これまでの症例報告や臨床研究から、総合的に頭痛に対する呉茱萸湯の適応症を考えると、次のような結論になります文献14)。

表1:呉茱萸湯の適応症候
1.頭痛のタイプ

頭痛は、ほとんどが片頭痛である。
緊張型頭痛や混合性頭痛に有効であることも多いが、詳細に病歴を聴取すると、本来は片頭痛であるものが多い。
前兆はあることもないこともある。

2.誘発の条件

発作は、寒冷の環境で誘発されることが多い。月経時、もしくは月経の直前に発症するものがかなりある。

3.発作時の状況

発作時に嘔気を覚え、嘔吐する。嘔吐は激しく、吐いても軽快しない。心窩部が膨満し、胃が詰まったように感じる。
普段から肩こりを訴えるものもあるが、むしろ、発作時に急に肩こりを覚えるものが多い。
発作時に手足の強度の冷えを訴えることが多い(普段から冷え症)。
普段は顔面のほてりはないが、発作時にのぼせ感を訴えるものがある。また、項部に熱感を覚えるものもある。
発作時に煩燥状態になることがある。

4.体質

乗り物酔いをしない体質である。
冷え症であることが多い。
あまり発汗は多くない、つまり「汗かき」ではない。
月経痛があり、月経不順はない。

5.脈・舌・腹

脈証は、通常沈遅で、疼痛発作時も数にはならず、弦を帯びることが多い。
腹証上、腹力は虚ではない。心下痞鞕・中脘圧痛がある。胸脇苦満も見られることが多い。つまり、上腹部に抵抗圧痛のあることが多い。臍傍圧痛があるが、S状結腸部圧痛はない。小腹不仁はない。また、発作時は心下部が膨満する。

6.呉茱萸湯と鑑別を要する処方
片頭痛に用いる漢方処方は多いのですが、代表的なものは、呉茱萸湯、五苓散、川芎茶調散の3種です。もちろん、その他にも桂枝茯苓丸、加味逍遙散、当帰芍薬散、抑肝散など沢山の処方が用いられるのですが、代表処方はこの3処方です。五苓散は、呉茱萸湯と並んで片頭痛に対する第1選択剤のひとつですが、その適応となる頭痛は、比較的急激な気圧の低下と共に出現することが多いので、天候や気圧計に注意して病歴を聴取すれば、効果を期待できます。川芎茶調散もよく効く処方ですが、これに関しては、まだ研究途上にあります。

7.西洋医学的治療との併用
呉茱萸湯は、単独で非常によく効く場合もありますが、多くの場合はトリプタン製剤やNSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)などの西洋薬と併用の形で用いられます。しかし、最初は併用していても、呉茱萸湯の効果が出てくるに従い、西洋薬の使用量を少なくすることができます。
次の2例は、両者の併用によってトリプタン製剤の服用回数を減らすことが出来たというものです。
ケースレポート8:
矢数先生は、42歳の女性で、数十年前より片頭痛の治療を受けており、現在はトリプタン製剤を2日に1回は内服しているという患者さんに呉茱萸湯を投与したところ、1カ月後には頭痛で寝込むことも、会社を休むこともなくなり、更にトリプタン製剤も減量でき、現在は月に3? 4錠の内服でコントロール良好になり、以後、頭痛で寝込むことはほとんどなくなった患者さんを報告しておられます文献15)。
西洋薬から漢方薬に切り替える、という大げさな問題ではありません。今まで使用していた薬はそのまま使用していただいて結構なのです。漢方薬が効いてきたら、自然に西洋薬を服用する回数が減少してきます。
ケースレポート9:
寺尾健先生らは、約7年前より閃輝暗点の後に拍動性頭痛が出現するという片頭痛発作を繰り返している39歳の男性に、ゾルミトリプタン単剤とNSAIDs を併用し、それでも肩凝り、頭痛が完全にコントロールできていなかった患者さんに、発作時にゾルミトリプタンと同時に呉茱萸湯2.5gを同時に内服してもらったところ、拍動性頭痛、随伴症状ともに発現が抑制されたと報告しておられます文献16)。

おわりに
呉茱萸湯は、片頭痛にきわめて重要な処方です。日本では、五苓散と共に第一選択剤として多用され、成果を挙げています。その使用目標は、上述したようにある程度明らかになっていますが、まだ十分究明されていません。それでも、多くの頭痛患者さんがこの処方を服用し、痛みのない世界に行くのを見るのは、そんなに珍しいことではないのです。
呉茱萸湯の適応となる患者は、頭痛前兆時に服用させると頭痛発作にまで発展せず軽快することも少なくありません。激しい頭痛となってしまった場合には、即効的に充分な効果は得られることは少ないのですが、多くの場合、症状のうちいくつかのものは軽減します。また、呉茱萸湯を常用しているうちに発作が起こらなくなることも多くあります。その場合の服用期間は一概に言えませんが、数か月は必要で、場合によっては1年以上を要します。
全てに有効ではないといえ、かなりの数の片頭痛患者さんにとって、呉茱萸湯は夢のような薬であることに変わりはありません。
なお、ここには、呉茱萸湯の片頭痛に対する効果だけを書きましたが、呉茱萸湯は、実際には緊張型頭痛にも良く効く漢方薬です。その使用目標は、片頭痛に対するものとほとんど同じですので、現代医学的治療でお困りの方は、ぜひお試しください。

参考1:日本における頭痛統計
日本において、統計上最も多いのは緊張型頭痛であり、ついで片頭痛である。日赤中央病院の作田学の1996年の調査によると、日本における15歳以上の慢性頭痛患者は、人口の35.7%(3.780万人)、そのうち緊張型頭痛は28%(約2970万人)、片頭痛のうち前兆を伴うもの(典型的片頭痛)は約2%(212万人)、そのほかの血管性頭痛(これも片頭痛に分類)は約5%(509万人)、群発頭痛は0.3%(32万人)存在する。男女比は全体的に女性が多く、一般に女性は男性の2?3倍頭痛が多いといわれている。特に、片頭痛は20?50歳代の、特に若い女性に多い。

参考2:ICHD-?と漢方薬
頭痛の診療は、国際頭痛分類第2版(ICHD-?、2004)に基づいて行われる。この分類は、第1部:一次性頭痛(The primary headache)、第2部:二次性の頭痛(The secondary headaches)、第3部:頭部神経痛、中枢性・一次性顔面痛およびその他の頭痛(Other headache, cranial neuralgia, central or primary facial pain)よりなる。一次性頭痛は、西洋医学的には鎮痛剤やトリプタン系薬剤やエルゴタミンなどの薬物療法が主体であるが、いずれも対症療法であり、根治的な治療法は存在しない。これに対し、漢方薬は抑制的治療(abortive therapy)としてはあまり大きな効果は期待できないものの、予防的治療(preventiveあるいはprophylactic therapy)として優れた効果を発揮するばかりでなく、長期服用することによって根治させることもあり得る。その意味で、漢方医学は西洋医学と競合するのではなく、協調し、協力しながら治療をしていく存在なのである。なお、二次性頭痛は原因疾患の西洋医学的治療が優先するが、漢方薬の適応となるものも少数ながらある。
*国際頭痛分類に関しては、下記のURLを参考にしてください。
http://www.jhsnet.org/gakkaishi/jhs_gakkaishi_31-1_ICHD2.pdf#search=’ichd+%E2%85%A1′
http://www.eisai.jp/medical/products/maxalt/support/pdf/GUIDELIN.pdf#search=’ichd+%E2%85%A1′

参考3:子どもの片頭痛
ICHD-?の分類には、小児の頭痛として、小児周期性症候群(周期性嘔吐症、腹部片頭痛、小児良性発作性めまいの3つ)が入っている。子どもは頭痛を訴えることは少ない。ただし、片頭痛の1/4は子どものときから始まっているというデータがある(4?5歳から始まる)。片頭痛は女性に多いが、10歳以下の小児に限っては男児に多い。朝に突然発症し、5?10分で軽快することが多い。幼児は頭痛を「おなかが痛い」と言うことがあるので注意。これに関しては、大人の片頭痛の治療を参考にし、小児特有の体質の治療を考慮に入れて行う。呉茱萸湯、五苓散のほか、子どもには抑肝散の証が多い。

引用文献)
文献1)吉益南涯『成蹟録』
文献2)新井 信・中野頼子・溝部宏毅:女子医大雑話(7)・頭痛の3症例 漢方の臨床,41巻3号 45?49,1994
文献3)安井廣迪:医療用漢方製剤応用の手引き・31呉茱萸湯 p5 日本TCM研究所 2014
文献4)藤平健:胃性頭痛 漢方臨床ノート(治験編) p356 創元社 1988
文献5)安井廣迪:医療用漢方製剤の応用手引き・31呉茱萸湯 p5 日本TCM研究所 2014
文献6)矢数芳英:呉茱萸湯、温知会会報 No.71 p21-27 2014
文献7)秋葉哲生:常習頭痛の漢方治療 月刊東洋医学Vol.14 No.1 34-39 1986
文献8)Ratinahirana H, Darbois Y, Bousser M. Migraine and pregnancy: a prospective study in 703 women after delivery. Neurology. 1990;40(Suppl 1):437.
文献9) Maggioni F, Alessi C, Maggino T, Zanchin G. Headache during pregnancy. Cephalalgia 1997; 17:765-769.
文献10)久間正幸:姙娠時と悲姙娠時の呉茱萸湯エキスの頭痛に対する効果について.産婦人科漢方研究のあゆみ,(23)104?107,2006
文献11)前田浩治,宮城 敦,菅原武仁ほか:慢性頭痛に対する呉茱萸湯の効果.漢方医学,22:53?57,1998
文献12)小田口浩、若杉安希乃、正田久和:慢性頭痛患者に対する呉茱萸湯一律投与研究、第56回日本東洋医学会学術総会・講演要旨集 p169 2005
文献13)林 吉夫、大野泰一郎、灰本元:慢性頭痛に対する呉茱萸湯の臨床研究 Φυτο Vol.4 No.1 p4-10 2002
文献14)安井廣迪:医療用漢方製剤応用の手引き・31呉茱萸湯 p7 日本TCM研究所 2014
文献15)矢数芳英: 呉茱萸湯、温知会会報 No.71 p21-27 2014
文献16)寺尾 健、喜多村 孝幸、寺本 明:発作時にトリプタンと呉茱萸湯の併用が奏功した片頭痛の1例 第19回日本脳神経外科学会抄録集 2010

なお、上記の参考文献は特殊な専門誌に掲載されているものです。一般的な頭痛の基礎知識は、市販の頭痛啓蒙書で得ていただくことを希望します。

注)一般の家庭医学書には、現在の標準的な頭痛・片頭痛治療が懇切に解説されています。どれが良いかお迷いの方には、下記のいくつかの書をお勧めします。どれも良く書かれていて、きっとお役に立つでしょう。
?間中信也:ねころんで読める頭痛学 診断と治療 メディカ出版 2013
?清水俊彦:頭痛外来へようこそ 保健同人社 2005

また、次のURLは大変参考になります。
http://homepage2.nifty.com/uoh/ 頭痛大学

注意)ここには、片頭痛に対する呉茱萸湯の効果だけを述べました。注意しておいていただきたいのは、頭痛には沢山の種類があり、中には放置しておいてはいけない頭痛があるということです。最初から漢方薬で治そうと思わないで、必ず専門医の診断を受けるようにしてください。

1. 片頭痛に対する呉茱萸湯の効果